2012年2月25日土曜日

2011総括-3(黒部源流・薬師岳)


8/48はいつもの昔の山仲間と3年前、 2008年の夏も楽しんだ北アルプス・黒部源流へ。
Iさんが「黒部は一度も行ったことがない」とのことで前回とは行程をひと味変えて、赤木沢を完全遡行、別天地・赤木平から薬師沢左俣を下降、翌日薬師沢右俣を遡行し、薬師岳ピークを 落とし、折立に戻るという、黒部入門コースを設定してみた。さて、その結果は...... 
8/4() いつも使っていた夜行列車「北陸」「日本海」などが廃止されたため、今年は池袋23時発の 夜行バスで富山へ。3列シートで意外と快適だが、疣痔を患う私には辛い時間であった。
8/5() 富山からは予約してあった折立行き直通急行バスを利用。朝8時には折立着。太郎平に向け歩 き始める。太郎平で生ビールを楽しんだ後、薬師沢出合いに向け下降。薬師沢出合の小屋付近は幕営禁止のため、いつも利用している出合い手前30分ほど にある、左俣・右俣出合い付近のいつものテン場に 臨時野営。てんからで岩魚をしこたま釣り、焚き火で焼いて、 皆で酒を飲みながら馬鹿話をする。たまらないひとときである。

8/5() テントはそのままに、昼のソーメンの用意とザイルだけ持って薬師沢出合いへ。そこから黒部源流を遡行し、日本で最も美しいと言われる赤木沢へ。今年の夏の天候はずっと不安定で、この日の天気 も曇時々雨。水量も増水中だ。赤木沢を軽快に遡行 した後、源流部で流しソーメンを食す。その後、流れが細くなった源流部を詰め赤木平に至る。


まさに別天地と言っていい赤木平は、高山植物が 咲き乱れる草原で、もし晴れていたらゆっくり昼寝 でもしたいところだが、天候が急変、雷も鳴り出したので、薬師沢左俣をすぐに下降し始める。.....が、この左俣が曲者だった。下調べを一応ネ ットでしていたのだが、「ザイルを出すほどのこともない簡単な下降ルート」とのことだった。しかし、草原を過ぎ、下りが始まると様相は一変。急峻な滝 が連続し、滝の脇の藪を使っての過酷な下降を強い られる。7mmザイルを持ってはいたが、懸垂下降にかかる時間が惜しいので、左岸、右岸のどちらが降り やすそうかをほぼ勘で判断し、フリーで岩場と藪の下降を続けた。

こういう時に大学のクラブでの経験と30年超の付き合いが効いてくる。トップの判断を後続の人間が脇から谷を覗き込んでサポート。先行が行き詰まったら、すぐに後続が代替のコースを偵察し、ルートを決める。特に細かな打ち合わせを行わなくても、絶妙のチームワークでここしかないというコースを自然に選び取り、下っていく。約4時間ほどかけてテン場に到着、皆ヘトヘトで、この時点で「空身の下降でこのバテ具合。明日、右俣をザックを背負って登るなんて無理」との意見多数で、翌日は縦走路から薬師岳を目指すことにする。

8/6() テン場から太郎平にザックを背負って引き返し、指定幕営地の薬師峠にテントを張って、薬師岳ピストン。何度もこのエリアを訪れているが、薬師に登るのは皆初めてだ。今回は百名山ハンターのメンバーの要望を叶えるための山行でもあるので、他のメンバーも渋々、薬師岳を目指す。ただ、Iさんは女子大生溢れる薬師峠のテン場の雰囲気が気に入ったのか「ここで山ガールを見ながら待ってる」と、1人だけピストンをしない決断をする。
8/7() 薬師峠のテントを撤収。太郎平を経て折立に下山。富山で寿司を食べて列車で帰京した。皆、50歳を超えて、膝に爆弾を抱えるなど、荷物を担いでの沢遡行が困難な年齢となってしまった。 空身の沢登りか縦走がこれから夏合宿の形態と,なるだろう。もっとも、黒部源流はあと5、6年たっても我々にも遊べそうだ。また皆と訪れたい。

2012年2月5日日曜日

2011総括-2(鳳凰三山、槍ヶ岳)

7/15〜16は槍プロで会社の同僚たちと鳳凰三山へ。車で夜叉神峠に入り、南御室小屋でテント泊。翌日、鳳凰三山を攻め、高嶺から白鳳峠、広河原へと下りるルート。天気良く、初日は順調。しかし、翌日は天気良すぎ暑さにバテる。Aは地蔵ピストンをはしょるほどのバテ方。さらに白鳳峠から広河原への下山ルートも、道の整備がなされておらず、悪い。Aは一度、転んで転落し、引率者たちは肝を冷やす。しかし、いつも思うが、南アルプスは余り面白くないです。


7/29〜31は槍プロ本番。鳳凰三山と同じ3人パーティーで新宿発の夜行バスで上高地に向かう。天気予報はあまり良くないが、自由に休めないサラリーマンゆえ仕方ない。行程はかなりタイトで、初日にテントを担いで殺生ヒュッテまで。小雨降る中、Aをだましだまし、夕刻なんとか殺生着。雨のためハイシーズンなのにテントは我々のみ。翌朝はテントを張ったまま、雨の中、槍ヶ岳ピストン。ピークには誰もおらず。当初の予定はその後、表銀座を燕まで縦走する計画だったが、あまりの悪天に殺生のテントを撤収し、下山へ。徳沢園でキャンプをし翌日、帰路につく。Aにとっては、あこがれの槍ヶ岳に登ったのにピークから何も見えず、さぞかし残念だったことだろう。ま、山は逃げないから次があるさ。


2012年2月4日土曜日

2011総括-1(奥多摩界隈、雲取山、棒ノ折、シダクラ沢)

結局、忙しさにかまけ、2011年もちゃんとブログに記録を書けなかった。震災で仕事がばたばたになったのと、山のパーティーを掛け持ち(昔からのクラブの連中との山行と、会社関係の山行)し、山行回数が例年より多くなってしまったのが主な理由。前回書いた1人の女の子を槍ヶ岳に連れていくべく「山ガール養成講座」をやっていたのも大きい。ということで、簡単に2011年を振り返っておきます。

●4/29〜5/1は、昔の山仲間と石尾根から雲取山、そして長沢背稜、一杯水小屋からという縦走コースを2泊で行った。初日にやや張り切りすぎ、右膝を壊すというアクシデント。雲取ピークからは痛みに耐えての山行だった。ただ、長沢背稜のブナ林は美しく、新緑の頃に是非訪れたいと思った。(写真は長沢背稜を行く友人I)
●5/14〜15は会社の女性Aをテント泊で槍ヶ岳に連れて行く「槍プロジェクト」山行1回目。石尾根から鷹ノ巣小屋。ここでテン張って翌日に雲取山、鴨沢下山というコース。Aは登りのスピードは落ちるものの、よく頑張り、テント泊も苦ではない様子。登りのインターバルも1時間歩いて、10分休憩に適応。なかなか筋がいい山ガールに育ちそうだ。雲取山は1000メーターより上はまだ春には早く、新緑もなし。全般的に晴れていて暖かかったが、朝晩やガスると寒く、ビールの旨さは今ひとつであった。(写真は夕暮れの鷹ノ巣小屋前テン場)

●6/4は日帰りでAを連れて奥多摩前衛、岩茸石山から棒ノ折の縦走路を歩く。岩茸石山からは静かな山道。棒ノ折からミニ沢歩きが楽しめる白岩沢コース。名栗で温泉に入って帰路に付く。(写真は岩茸石山直下)
●6/4は昔の山仲間との沢登りで、いつものシダクラ沢へ。勝手知ったる沢だが少々飽きてきた。来年は同じくらいの易しさの、違った沢を探して行こう。

2011年5月6日金曜日

奥多摩、大岳山〜御岳山2題

大震災で仕事がばたばたになり、ブログ更新もおろそかになってしまった。結局。例年通り、この5月連休にこれまでの山行をまとめて書いておく。
今夏は昔の山仲間と白神、会社の山ガール予備軍と槍ヶ岳、という2つのプロジェクトを進めていたが、白神入山のキーパーソンの東北大T教授が、地震で多忙となり、今年はあきらめることにした(別の山を思案中)。沢登りもそろそろ引退の年齢となり、行っておきたかったが、仕方がない。ということで、会社の女性Aを槍ヶ岳にテント山行で連れて行くプロジェクト(通称、槍プロ)に取りあえず注力することにする。


4/3(日)、まずは偵察として単独で、いつもの奥多摩駅925→鋸山1100→大岳山1150→御岳山1245→日の出山1325→つるつる温泉1420のコース。飛ばしに飛ばして1420にはつるつる温泉に到着。トレランの人と競うくらいのスピードで駆け抜ける。1500メートル近辺北斜面は所々残雪があり、御岳神社の裏手にもたんまり雪が残っていた。


その2週間後、大学の山仲間であるおじさん4人と、Aとその友人2人の山ガール3人の、総勢7人パーティーで同じコースを辿る。天気よく、初夏の気温で気持ちがよい。年齢差20歳の変なパーティーで、最初はぎくしゃくした。しかし、登るにつれて段々和む。全くの初心者もいたが、なんとか御岳山までは辿り着く。奥多摩駅940→鋸山1205→大岳山1325→御岳山1500。ケーブルカーで御岳駅方面に下山。単独と比べると約2時間遅れで、温泉なし。新緑にはまだ早かったが、御岳山駅周辺は辛夷などが咲き、早春の装い。全体として、20℃近くの気温と、冬枯れのままの風景がアンバランスだったが、パーティーの年齢のアンバランスさを象徴したような1日だった。御岳山の茶店でビールを飲み、さらに立川駅の居酒屋でも飲む。酒の飲み方だけは50代男も30代女もあまり変わらず、皆満足して帰路についた。

2011年2月20日日曜日

残雪の三頭山へ

先週、都心にも雪が降り、奥多摩もそれなりに積もったろうとの予想の下、2/19(日)、大学からの山仲間Iと2人で三頭山にでかけた。川苔山か、大岳山・御嶽山方面か、はてまた三頭山かと、登る山は決めず、ホリーデーおくたま1号で奥多摩駅に915集合。電車の中から山を見て、意外に雪が残っていないことを確認し、1500メートルある三頭山に決定するといういい加減さ。数馬のバス時間もそのとき確認して、丹波行きバスに乗る。
小河内神社で下りようとしたら、「ダムの渇水でドラム缶橋が通行できない」と運転手に言われ、仕方なく深山橋まで乗車、そこから深山橋、三頭橋と歩きムロクボ尾根に1020取り付く。かなりの急登、北面なのでところどころ雪はあるが、安定して積もっていたのは標高1100mくらいから。ヌカザス山直下の「オツネの泣き坂」でずり落ちそうなやや怖い思いをしたほかは、順調に高度を稼ぐ。ピーク手前の雪のブナ林が美しい。1320に三頭山ピーク。ピークまではまったく人に会わない(他の人は都民の森からピストンか?)、静かな山行を楽しめた。頂上付近は日当たりがいいらしく雪は腐っていた。

その後、笹尾根(南面でほとんど雪なし)を槇寄山まで猛スピードで下り、数馬に至る。このルートも1パーティーを抜いたのみ。1340に三頭山を出て、1530に数馬バス停。なかなかいいペースで飛ばしたが、ほとんど休まなかったので、2人ともかなりバテました。
今シーズン初めての山であったが、ま、今年も体力的になんとかなりそうな予感がした山行でした。ただ、登山靴をはいた右の内側くるぶしが腫れてやや痛かった。1泊2日の山行で翌日も登山靴をはいていたら、2年前の剣岳のように歩けなくなっていたかも。うーむ、気になる。
追記・アークテリクスのザック、アラキス40と、カンプのピッケル、コルサ・ナノテク70cmを初使用。両方とも及第点。40リッターのザックは初めてだが、装備を軽量化して、1〜2泊はこれくらいでこなせるようになると、効率的かつスピーディーな山行ができるだろう。また、ピッケルは歩いている時に持っていても、なかなか歩行が楽であることに、今更気がついた。なお、2600円で買ったプロモンテの手袋は中が蒸れて冷えてだめ。安物買いの銭失いとはこのことか。

自転車のブレーキを直す

かれこれ5年半余り乗っている自転車KHSの小径車(F20-RAC、2005モデル)。先週、いつもmの荒川自転車道に行こうと10分ほど走らせたところでパンク。近所のヨシダサイクルで思い切って前後のタイヤとチューブを交換してもらった。そのとき「ブレーキの金属も錆びてかなりやられてますね」といわれた。ということで、2/13は部品を買ってきてブレーキシューの交換を自分でしてみた。メカには弱い私ですが、なんとか交換に成功。しかし、自転車のブレーキがあまりにシンプルなメカニズムで動いていることに改めて驚いた。ワイヤーが抜けたりしたら即事故だと考えると、少々怖くなった。

時々、小径車からちゃんとしたロードレーサーに乗り換えようかとも思うが、予算的なことと、まだ山登りに注力しようということで、買い換えはペンディング中。ま、あと数年後か。
ということで、直した自転車で黒目川まで。カモとコサギを撮って帰ってきた。

2011年2月12日土曜日

青梅のラーメン屋「味源」まで

2/5(土)、車検が終わったオートバイを東所沢のディーラーでピクアップした後、2月にしては温かい日だったので、関越から圏央道を経て青梅までひとっ走り。青梅インター近くにある北海道ラーメンの「味源」で塩ラーメンを食べて帰ってきた。いつもの名栗一周のコースをとも思ったが、さすがにまだ寒く、高速を往復しただけで終了。
R1200Rも2回目の車検で、既に4年乗っている。走行距離はわずか8000キロ。50歳の超えの中年にとって年間2000キロは多いか、少ないか。微妙なところだが、山登りもあるので精一杯というところか。R1200Rは買ったときにホイールを換え、リヤのケースをヘプコベッカーにし、シールドをGIVIにした。その後、GSのグリップガードを付け、もう買い換えることはないだろうと、昨年は奮発してマフラーをササキに交換した。目立たないが、それなりのカスタマイズ。特にマフラーは優秀で、おかげで低速のトルクがもそっと増し、ワインディングを運転しやすくなった。しかし、正直に言って、4年乗ってもまだ身体の一部になった気がしない。ま、車重のせいだとは思うが、これからもっと年老いていくといういうのに、よほど乗り込まないと、250キロのバイクを転がすのがますますしんどくなるだろう。中年のオートバイ生活も大変です。
どんなアウトドアの遊びも、最終的に己の体力と加齢による衰えとどう折り合いを付けるかが最大の課題となる。山をやめる、走るのをやめる、オートバイに乗るのをやめる…、なんでもやめて引退するのは簡単。仕事を理由に遠ざかるのも簡単。言い古された言葉だが、何事も時間を無理矢理作っての継続こそが、「やめる」気持ちをおこさないための王道かもしれません。


再び秋ケ瀬へ

大学時代からの友人が上京、1/22に飲んで、彼は拙宅に1泊。翌1/23朝、やることがないので、近所の秋ケ瀬に散歩に連れ出す。やはり鳥をCanonのG7で狙うも、なかなか液晶画面にとらえることができない。高い機材を買う余裕もなく、冬の間の暫しの手慰みなので、まあこれでよしとしよう。主な獲物ははるか上空にノスリ、シロハラ、そして彩湖でオオバン。



2011年1月22日土曜日

久々、秋ヶ瀬でバードウォッチング

1月はバイクに乗るのも寒い、山に行くにはまだ早い、ということで、1/17(日)、娘から戻ってきたCANON G7に望遠を付けて、近所の秋ヶ瀬公園に久しぶりに鳥を観にでかけた。2年余りのブランクがあり、なかなか見つけた鳥を液晶ファインダーの中で捕捉できない。それでも、なんとかカワセミ、シメ、シジュウガラなど6種類を確認。しかし、余りの寒さに早々に退散した。バードウォッチングは老人臭い趣味だが、まあ、たまには面白い。






2011年1月10日月曜日

2010下期総括-3(廻り目平キャンプ、金峰山)

2010年の最後の山行は、10/16〜17の金峰山。山仲間と信州側の廻り目平でキャンプをして、焚き火に鍋としゃれこんだ。廻り目平は子供が小さなころ、5月の連休で何度も来た。明るくて開放的なキャンプサイトの生活は、山に登らなくても十分楽しい。ここの最大の魅力は直火で焚き火ができること。われわれも薪をたくさん確保し、焚き火を囲みながら夜遅くまで酒を飲み、馬鹿話をした。この夜も私だけ1人用テント(MSR Hubba)。いやあ独り寝は、誰にも気兼ねなく寝返りが打て、快適です。

翌日はキャンプ場から金峰山へ、そのまま大弛峠まで縦走。先輩が車を回しておいてくれたので、ほぼ空身で快適な登山ができた。たまには、こういうキャンプ(食事)主体の緩い山行もいいもんだ。金峰山山頂からは富士山がうっすらと見えた。

2010下期総括-2(北アルプス・奥穂高、ジャンダルム)

夏の恋ノ岐川の鉄砲水の衝撃からなかなか立ち直れず、秋以降はあまり山に行かなかった。唯一の遠征が、会社の同僚と行った北アルプス・奥穂高岳。あまり縦走はしないのだが、山登りに入れ込み始めた仲間の誘いで、テントを張ったことのない涸沢、登ったことのない奥穂高に行ってみることにした。
9/31の新宿発の夜行バスで上高地へ、その日は涸沢に幕営。2人パーティーだが、1人テント2帳という渋い装備。紅葉は例年より遅く、テン場付近はまだまだというところ。翌10/1にアタック。当初は奥穂高から北穂高に縦走し、涸沢に戻ってくる予定であったが、奥穂ピークから見たジャンダルムの偉容に魅せられ、天気もよいということで、予定変更し急遽、ピストンすることにした。「馬の背」など右も左もキレキレの岩稜を慎重に乗り越え、1時間半ほどでジャンダルム到着。ガスっていたらおそらくルートに迷う岩場の道。天候に恵まれたことを感謝する。

その後、北穂高はあきらめ、涸沢に戻り小屋でビールにおでんをおごってそのまま飲みへ。翌日は上高地に下山し、やはり新宿直行バスで帰京した。

私は基本的に恐がりではあるが、奥穂高ピークでジャンダルムを見たときは、やはり山を長年登ってきた人間として「登りたい」欲求が勝った。トップでルートを見極めながら登るのは久々の快感。あと何年かは“行ける”かな、と自分に自信を持った山行でした。ただ、この年で長距離バスは辛い。

2011年1月8日土曜日

2010下期総括-1(恋ノ岐川で鉄砲水)

結局、2010年もブログをまったく更新しないまま年が明けてしまった。ということで、今年は短い文章でもマメに更新しよう、という意欲を込めて、2010年の総括をしておく。
昨年は夏に荒川自転車道を自転車で走行中、転んで頭を強打し、救急車で運ばれる、というアクシデントがあったが、そのトラブルすらも序の口といえるほどの事態に夏の山で見舞われた。
沢は真名井沢の後、7/25に仲間たちと、丹沢のマスキ嵐沢を遡行した。1級上だがそれなりに危険な沢で、ザイルも出した。下降で尾根筋を間違え、元の沢に戻ってしまうというミスも犯し、結局、懸垂下降を何度も行って下りてきたのだが、帰りの車で秩父の沢で、沢登りの登山者を救出中のヘリが墜落したというニュースを聞いた。この事件は、日テレの報道局員の3次遭難(おそらく鉄砲水で)も引き起こすのだが、われわれも約10日後、その鉄砲水に遭おうとは、思ってもみなかった。
さて、その鉄砲水事件は昔の山仲間と行った新潟・恋ノ岐川で起こった。以下、一緒に恋ノ岐川を遡行した大学ワンゲルOB仲間が書いた報告を転載しておきます。
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21・22期 夏合宿(恋ノ岐川 -鉄砲水の恐怖-)
今年は沢の事故が新聞を賑わせた。秩父山系ブドウ沢でのヘリコプター墜落と記者遭難の事故、日高の沢での東京理科大生遭難事故など、山に縁のない人々にも“沢登り”という言葉がインプットされた。しかも2つの遭難がいずれも沢の増水で流された事故であったことから“沢登り”と“流される”がペアとなって人々の記憶に残ることとなった。我々も一歩間違えば、この夏もう一つの大きな沢の事故の(それも中高年パーティの)当事者として世間を賑わせたかもしれない。TUWVに入部以来、30年近く仲間と沢登りをしているが、初めて「鉄砲水」の怖さを目の当たりにした。

8/6(金) 小出駅前のへぎ蕎麦で腹ごしらえをし、タクシーで恋ノ岐橋へ。奥只見の山々は真夏の緑に覆われ、空は青く絶好の沢日和に思えた。企画書では恋ノ岐橋で一泊の予定であるが、まだまだ日が高いのではやる気持ちを抑えられない。沢筋の遥か奥の空が黒い雲に覆われているのが気になるが、行けるところまで行こうと予定を変更して入谷。前回来たのは四半世紀くらい前のこと。ほとんど記憶が残っていないのにもかかわらず、なぜか懐かしい。こんなに水多かったかなと思いながら遡行。最初のゴルジュ帯を抜けて右から枝沢が入るところに2段5mの滝。恒例(高齢?)のお見合い写真に興じる。
T(この報告の筆者)の次にSさん(これが私)が滝を背に立った時のこと、ファインダー越しに見る落ち口の水位が見る見る上がってくる。そのあまりに急激な変化に、ただ事ではない恐怖を感じ、言葉にならない大声を上げて逃げる。ザックをつかんで枝沢を駆け上がる。振り返るとものすごい勢い
の濁流が吠えるように滝を覆い隠している。その間わずかに20秒程。気が動転している中で、この枝沢も同じように濁流が下ってくるのではないかと、木の枝をつかんで右岸の高台に上がる。木々の間から覗くと、恋ノ岐川は一面、ココア色の濁流だ。一息ついて辺りを見回すと、滝を背にして最も出遅れたはずのSさんがなぜか一番高いところまで上がっている。



高台に平地を見つけ、藪を踏み倒してテントを張る。横になると様々な思いが湧いてくる。これが鉄砲水というやつか。我々はカッパすら着ていないが、上流では激しい雷雨だったのだろう。写真を撮らずに滝に取り付いていたらどうなっていたのだろうか。枝沢のない対岸を偵察していたら・・。枝沢がなかったら・・ゴルジュ帯だったら・・。怖い想像がぐるぐるする中で、無事だった幸運を噛み締めて眠りにつく。

8/7(土) 朝は何もなかったかのように水が引いている。頭の上は青空。しかし、鉄砲水の後遺症でアラ50の士気は上がらない。今日も上流で雷雨があるかもしれないとの思いが頭を過ぎるが、午前中にオホコ沢出合いまで行けば大丈夫と5時に出発する。オホコ沢出合までは大きな釜を持つ滝や快適に登れる小滝が続く。花崗岩の上を水が静かに流れるナメ床には心が洗われる。大高巻きの下降でザイルを出して時間を取られるが、予定の12時にはオホコ沢出会いに着く。オホコ沢出合の左岸の高台にテントを張る。案の定この日も強い夕立。拾い集めた流木はどれも芯まで濡れていて火が熾らない。皆で小さなテントに入って背中を丸めて酒を飲む。「鉄砲水」が頭を離れない。翌日は恋ノ岐源流をやめ、オホコ沢の初遡行に挑戦することを決めて眠りにつく。

8/8(日) 朝はまずまずの天気。迷わずオホコ沢に入る。恋ノ岐川本流に比べると沢幅も狭く水量も少なくなるが、意外と滝が多くフリークライムを楽しめる。二口の沢に雰囲気が似ている。沢を最後まで詰めると台倉山北西コルの水場に出る。遡行タイムは約3時間。エスケープルートとしても使える沢である。ザックを置いて平ヶ岳に向かう。
池ノ岳から眺める平ヶ岳は今回も穏やかで優しい。その風景に満足し、玉子石の無事な姿だけを確認して下山の途につく。それにしても20年前と比べて平ヶ岳周辺に登山者が多いことには驚かされる。その多くは玉子石手前で北へ折れて下っていく皇太子登山道の利用者だ。身近になった平ヶ岳。もう秘境とは呼べない。鷹ノ巣尾根の下りはあいかわらず長くていやらしい。沢から上がった後ではやたらと重く感じられるザックにうんざりしながらひたすら下る。最後の一泊はテントをやめて清四郎小屋の布団で寝ることにする。露天風呂で3日間の疲れと緊張を洗い流し、ビールで乾杯。至福のひと時。今年の夏合宿も無事終了。

山行が終わっても「鉄砲水」の衝撃はなかなか収まらず、しきりと反省してみるがどうしても「こうすればよかった」という解答にたどり着けない。沢筋の奥に真っ黒な空を見たときに、入谷しない英断をすべきだったのだろう。しかし、それでも収まらない。その場合、おそらく我々は暇をもてあまして釣りに出かけたに違いない。エッセン長のAさんと手伝いのI、Tはしばらくして橋の上に戻ってくるが、きっとSさんだけは深く谷を分け入っている。滝つぼで一心不乱にフライを振っているときに鉄砲水が押し寄せたに違いないのである。帰らぬSさんを心配しながら、橋の下の濁流を覗いて呆然とする3人。そんなシーンばかりが浮かんできてしまう。幸運に感謝し、もう沢は潮時かと思いながら新幹線で帰路に着いた。
【行動記録】
日程:2010/8/6(金)~8/9(月)
メンバー:4人
1日目:12:00小出~(タクシー)~13:35恋ノ岐橋~14:45右からの一本目枝沢出会い(C800)、鉄砲水
に遭遇、高台にビバーク(泊)
2日目:5:05 C800~6:25清水沢出会~12:10オホコ沢出合(泊)
3日目:5:55オホコ沢出合~8:00オホコ沢源頭~10:30玉子石~台倉山~16:20清四郎小屋(泊)
4日目:清四郎小屋~(バス)~尾瀬口~(船)~奥只見ダム~(バス)~浦佐
【プレ山行】
奥多摩トレール(4/10)、雲取山(5/15-16)、真名井沢(6/6)、大滝沢マスキ嵐沢(7/25)

2010年7月24日土曜日

荒川自転車道、桶川で転んで救急車

荒川自転車道は自転車のホームグラウンド。いつもKHSの小径車でホンダエアポート手前まで行き、開平橋わきの上尾・川岸屋でモツ煮、おしんこ、ラーメン、ビールのコースを楽しんで帰ってくる。今年も3月から3回ほどこのコースを行っていた。(下写真は6/19、上尾とさいたま市西区の境界あたり)
7/18は連休の谷間。17に丹沢に沢登りに行く予定だったが、天気が悪い予想が出て中止(だが、結局晴れた)。フラストレーションがたまっていて、翌日、自転車でいつものコースに出かけた。とてもとても暑い1日だった。荒川右岸、ホンダエアポート手前で右折。対岸に渡るための長い道路を走行中、バランスを崩して転んだ。何が起こったか詳しく覚えていない。前輪が急に左に直角になり、あっ、と思ったら左前頭部がアスファルトに激突。左肩、左腕、左足をすりむいた。あまりの衝撃に頭が割れたと正直思った。通りかかった自動車に止まってもらい、救急車を呼ぶ。20分ほどで救急車到着。荒川の北側ということで、自宅に近い埼玉医大には運んでもらえず、北本の北里メディカルセンターへ。CT、X線異常なしと言われるまで生きた心地せず、よわっちい、へなちょこ中年を演じてました。車で家族に迎えに来てもらい、上尾警察で自転車をピックアップし自宅へ。いやあ、まいった1日でした。
それにしても、事故って倒れてたときに止まった車に乗ってたおばさんが、「タイヤが小さい自転車は危ないのよね。うちの息子も……」と言っていたのが気になった。なぜ、転倒の瞬間、前輪が進行方向から直角に曲がっていたのか。想像するに、汗を拭くのに片手運転になったのが原因だったかも。覚えてないけど。いずれにせよ、次からはちゃんとヘルメットかぶろう。



オートバイで会津・大内宿へ

6/4〜5、会社のツーリング仲間と、会津の大内宿まで1泊ツーリング。日光から霧降高原、会津街道から大内宿へ。昼間夕立に遭い、濡れたワインディングの路面がなかなか怖い。じじいは皆について行けない。そのあげく、昼のジンギスカンと、旅館の夜の馬刺しで腹を壊し、翌日は一人で早めに岐路に。白河に抜け、東北道をびゅいんと昼過ぎには埼玉。いやあ、バイクは眠くなるし、怖いし、疲れるしで、なかなか50男には辛い遊びになってきた。

奥多摩・真名井沢

2010の山仲間との合宿は、上越の恋ノ岐川に決定、6月に入りそろそろプレ山行をということで、6/6、奥多摩・真名井沢に出かけた。何年か前、大雨の中を遡行したが、今回はいい天気、川井からバスで取り付き近くのバス停まで、そこからしばらく歩いて入渓谷。

ま、優しくて安全で楽しめた沢でした。ただ、1カ所、左からの滝の巻きでやばいところが。単独行はまずいかも。つめでいつものルートを取り、尾根筋へ。今回は川苔山に向かわず、そのまま古里に下山。以下はつめ近くで発見した鳥の卵。
昨年、熊に遭遇した杉と広葉樹の境界あたりが伐採され、立派な林道ができていてショック。熊はどこに行った……。

bmw325i touring-1

また奥多摩、ただし車で。
10年乗ったレガシーから、2007年型のbmw325i touringに乗り換え、5月連休の中の1日、奥多摩周遊道路に出かけた。直6エンジンのフィールはいいが、どんどん伸びる。べた踏みしてもまだゆっくり伸びる。ただ、エンジンブレーキが軽い印象。レガシーが4サイクルエンジンのブレーキなら、bmwは2サイクルか。足慣らしで「小菅の湯」まで。鮑と馬刺しを食して帰りました。しかし、奥多摩周遊はバイク一方通行なのに、逆から来るバイクがまだいて、焦った。

2010年6月26日土曜日

2010上期総括-2(宮城・二口 大東岳)

2010/05/03〜04。5月の連休は奥多摩の高水山のほか、1泊で昔の山仲間と宮城・山形県境の二口山塊の大東岳、南面白岳に行った。かつて、大学時代入り浸っていた山域。2年前の6月、久しぶりに大行沢を遡行し、ブナ林が豊富な二口の山の良さを再認識した。…ということで、今回は春山。どれくらいの寒さ、どれくらいの雪の量かわからず、CAMPの軽量ピッケル、ホグロフスの軽量ザックを新調。春山のほぼフル装備で挑んだ。
早朝の新幹線で仙台へ。仙山線に乗り換え愛子。そこからバスで本小屋へ。歩き始めは初夏を思わせるとてもいい天気で、快調に飛ばす。1000メートル辺りから雪が出始めるが腐っていてアイゼンは不要。ただし急斜面でピッケルは役に立つ。シャフトの長さは、60センチではなく、70センチにしとくんだった。大東ピーク着後、樋の沢に下りる。やや道が悪く、急斜面で緊張する。17時過ぎに小屋着。てんからの装備は持って行ったが、釣りをする気力なし。結構疲れていて21時前には就寝。
翌日は曇り、昨日と打って変わって寒い。春山らしい程よい固さの雪が付く登山道を進むが、寒くて風景を楽しむ余裕あまりなし。小東岳から南面白に縦走し、面白山スキー場に下山。仙台で寿司を食って帰京。宮城も今年の春は遅い感じであった。2日目の寒さが誤算、もっと雪山で肌を焼きたかった。
なお、新調したホグロフスザックは、この後の雲取山山行で早くもパッキング時に締め付ける紐が切れ、恵比寿の直営店にクレーム、現金返しとなった。後発ザックメーカーはだめなのか……。
右写真のザックがダメ・ホグロフスザック。使い勝手はそこそこなんだが……。

2010年6月20日日曜日

久々のブログ、2010上期総括−1(奥多摩3題)

忙しさにかまけて、なかなかブログを定期的に書けない。今年は下期からはきちんと書くことにして、とりあえず2010年の6月までの総括を。基本的に山は奥多摩、自転車・車は荒川の日々でした。山登り、沢登り、ハイキング、釣り、バイクツーリング、温泉と、自宅から1時間半ほどで、ほとんどの外遊びができる奥多摩。規模、自然の度合いはそこそこだけど、首都圏に住む人間にとってとても貴重なフィールドです。さて、今年は山に入ると例年より1〜2週間春が遅い印象でした。いくつかの装備を新調して、50男は今年も孤独に(時々仲間と)山を駆け回ります。
●2010/04/10
まず足慣らしのために、昔の山仲間と奥多摩の大岳山、御岳山、日の出山の低山縦走へ。去年の高尾山〜秋川のロングトレイルが、あまりに長く不評だったので、今年は軽めからスタート。930奥多摩駅発でつるつる温泉1555着。単独より遅いペースだが、それなりにバテる。つるつる温泉が臨時休業で、立川で反省会。(写真1、日の出山から東京方面を見る)
●2010/04/29
ゴールデンウィークの初っぱなに単独で奥多摩、高水山から棒ノ嶺、名栗・さわらびの湯へ。天候不順で軍畑駅を出てすぐに雨、傘をさして登る。午後から安定するも、高水山から稜線はまだ初春。新緑も今一。ただ、岩茸石山から先は登山者も少なく静かな山道。黒山のピークはなかなかいいところ。有間ダムへの下山道は雨で増水するとやや危険。軍畑950発、さわらびの湯1450着。(写真2、黒山でやっと晴れる。新緑はこれから)
●2010/05/15〜16
今まで行ったことのなかった石尾根(奥多摩駅〜雲取山)を昔の山仲間と1泊でやっつける。長くて単調で、広々としたハイウエイのような登山道ををひたすら登る。やはり春は遅く、尾根上はまだ緑が少ない。また、5月中旬とは思えぬ涼しさだ。無人の鷹ノ巣小屋で1泊。意外に皆疲れていて8時には就寝。奥多摩駅930発、鷹ノ巣小屋1500着。(写真3、4、雲取山へのハイウエイとピーク)
翌日は快晴で富士山を愛でながらの快適な登山。若い女性に山登りブームとかで、いわゆる山ガールもちらほら。おじさんパーティーにはいい目の保養となる。しかし、あの山スカートというのはどうでしょう。ちょっと履いてみたい気も。雲取のピークを踏んだ後、曇り始め富士山も見えなくなる。速攻で下山。鷹ノ巣小屋700、雲取山910、鴨沢着1300。

2010年1月10日日曜日

熊に遭う、奥多摩で



(熊の回にだけエッチ投稿が機械的に頻発したのでオリジナルを消して再度アップしておきます)
金曜夜、飲む相手がいなかったので早めに帰宅。翌日(2009年7月11日)の土曜、奥多摩にトレーニングに行くことにした。コースはいつもの古里から赤杭尾根→川苔山→鳩ノ巣だ。快調に飛ばし、川苔ピークまであと1時間ほどの地点、尾根道から右手にトラバースする道に入ったところで、ドドッ、カサカサカサカサ、という何かが走る足音、そして前方を見ると小さな黒い影。ツキノワグマの子供だ。向こうも驚いたようで瞬く間に約30メートル前方の杉の木に登り始めた。想像以上の素早さ。子熊は7〜8 メートルほど登った後で、上からこちらを不安そうに見ている。奥多摩にも熊がいるのは知っていたが、それは登山家の山野井氏も襲われた奥多摩駅以西、ダムの北側あたりのことだと思っていたので驚いた。
母熊がいたら大変なことになるので、一時登山道を引き返し待機。3分ほど待ってまた先ほどの地点に引き返してみると、まだ子熊は木の上からこちらを見ている。母熊がいるのは確実なので、仕方なく引き返し、トラバース道ではなく尾根道を行くことにした。笛も鈴も持っていなかったので、声を出し、手を叩きながら歩いたが、盆踊りのように手を叩く自分がなんとなく滑稽で情けなかった。
トレーニングはいつものように4時間ほどでコースを完歩。一心亭で風呂に入り、ビール、鮎、蕎麦で締めて家路に就いた。
いやあ、いい体験をしました。しかし、あの辺りでも熊がいるとは。今度から奥多摩でも笛、鈴必携ですな。
(写真の中央にある木の右の細い木の真ん中辺りの黒い影が子熊)

2010年1月2日土曜日

2009年総括-2

総括の2は軽めのアウトドアの記録を。
2009/8/16 懸案の輪行を日帰りでやってみた。KHSをパッキングし有楽町線経由で新木場へ。酷暑の中、荒川自転車道を朝霞まで遡る。最初は左岸に渡りしばらく行って右岸へ。途中、赤羽のラーメン屋でつけめんを食う。真夏でも人が多く、自転車道も分断されているので、秋ヶ瀬から下流の荒川はやっぱり自転車では走りにくい。

2009/9/13 会社のバイク仲間と奥武蔵へ。グリーンラインから芦ヶ久保に下り、正丸峠の茶屋でジンギスカンを食べる。その後名栗で温泉に入って帰宅。今回のバイクはバイアルスTL125。

2009/11/21 最後のトレーニングは奥武蔵・伊豆ヶ岳へ。東吾野から子の権現を経て伊豆ヶ岳。上記の茶屋でジンギスカンを食べて正丸駅へ。朝9時過ぎから歩き出し15時までみっちり講堂6時間。バテた。

2009/12/12 荒川自転車道を上流へ。いつもの川岸屋へ。おいしいもつ煮とおしんこを食し帰宅。ここのおしんこは本当にうまい。写真は羽倉橋上からみた荒川と奥武蔵。